2007年10月25日木曜日

実感ベースと統計ベースで切り分けて考える

NBonline:所得格差拡大論の誤謬 ー「教育」こそが世界的な2極化トレンドへの対抗策

経済素人の観点ではありますが、日本経済の現状がうまくまとめられているように思います。

所得格差問題については、マクロ(統計ベース)とミクロ(実感ベース)できちんと切り分けて考えないといけないのではないでしょうか。

たしかに、生活実感として所得格差が開いているように感じます。これはこれで対策を考えないといけない問題です。ただ、だからといってマクロ経済政策を変えないと行けないかというと、それはマクロで見た所得格差をも考慮に入れないといけないのではないでしょうか。

この記事では、マクロで見ると、(政府の発表資料によっても)所得はそれほど拡大しておらず、しかも他国との比較で見ると、日本は遥かに格差が小さいという分析がなされています。これが正しいかどうかは自分では判断できませんが、少なくともマクロでは実感レベルとは違う可能性があるということはたしかでしょう。

人やマスコミは、ついつい身近で個別の悲惨なものや悪いものに目を向けがちで、それを糾弾することで正義感のカタストロフを得ているように思えます(亀田問題?)。
広い視点で見ると業界全体でがんばっているのに、ある1者/社が不正を行うだけで、その業界全体、さらには日本の政策全体(マクロ政策)が悪いかのように非難されがちです。古い左翼にありがちですが。

そうではなくて、不正があったからといってマクロ政策全体を見直さないといけないわけではなく、個別の不正防止策やセーフティーネットが考えられるべきです。逆に、大きな政策については、個別の実感とは切り離されたマクロでの分析に基づく政策分析もなされるべきです。

そういう意味で、今の民主党がやろうとしていること(補助金等の政策)は、個別の不正や悪い点を煽ってはマクロ政策をひっくり返そうとしているだけのように見え、すっかり昔の社会党のようになってしまったように思えてなりません。

2007年10月22日月曜日

検察の実情、バブルのあやうさ:『反転』を読む

反転 —闇社会の守護神と呼ばれて
田中森一
幻冬舎

イトマン事件で許永中らとともに捕まって公判中の弁護士の自伝です。
前半は、自身検察官だった時代の検察という仕事の実情の吐露、後半は、弁護士になってからのバブル紳士との付き合いの告白、というものになっています。

筆者の人生が日本の戦後経済発展の合わせ鏡となっている、というような書評を読んで、おもしろそうだと思い読んでみました。
その点ではハズレでしたが、読み物としてはおもしろく読みやすく、検察の実情を知れたという点では興味深かったです。
個人的に、陰謀ものとか好きでないですがそれでも楽しめました。陰謀ものとか好きな方はもっと楽しめるのではないでしょうか。

■検察の実情
現場の検察官は、いかに被疑者をクロにするか、いかにクロの数の実績をあげるか、に最大限注力します。したがって、被疑者に対する態度は犯人扱いとなりますし、数をあげやすい選挙違反事件などが狙われやすくなります。
検察官の職責としてはそのとおりなのでしょうが、社会的正義としてどうなのかと考えさせられるところです。

また、検察の組織は法務省配下におかれており、けっきょくは官僚の出先機関となっています。したがって、政治関係の事件は検察では扱いづらいものとなり、多くの疑惑が政治家の圧力により握りつぶされているようです。検察にくるキャリア組などは将来のキャリアをつぶしたくないために、政治的に易い方向へ流れやすいようです。

筆者などの叩き上げの検察官で正義感の強い人は、政治関連の疑惑にも果敢に挑みますが、けっきょくは握りつぶされることも多く、そういうこともあって筆者は検察を辞めることにしたようです。


■弁護士の実情
特捜の検察官を辞めた筆者は弁護士となります。
時はバブルが始まろうとしている頃で、元特捜エース検察官ということであっという間に仕事が舞い込んできたようです。
とくに、仕手などでもうけた怪しいバブル紳士のような人や、山口組をはじめとするヤクザなどを顧客とし、もっぱら法廷には出ず示談で問題解決していくようなあぶなっかしい弁護士業を営み莫大に儲けていったようです。ウン千万とかが1日に平気で飛んでいくような世界が描かれています。政治家なども実名で多数登場します。

そして、現在公判中の事件の真相についても語られていきますが、印象として自己弁護的なところも無いとは言えず、いずれにせよ個人的にはその真相はどうでもよいというかあまり関心ありません。


それにしても、検察官という社会の悪者を法廷の場へと連れ出す仕事の大変さ、重要さがわかるとともに、それがいとも簡単に政治家の圧力によりゆがめられていってしまうということには非常に残念な思いにさせられます。わかっちゃいたけど、社会ってやっぱりそんなものなのかと。

そういう意味でも、事実上の一党独裁であったり、官僚という固定的閉鎖的組織が権力をもったりすることは、社会としてよくないことだと実感させられます。
アメリカのように二大政党制で、かつ政党がかわれば官僚組織も取っ替えになるような、そういう仕組みの方が健全に運営できそうに思えます。
もちろん、アメリカの政治にも不正はあると思いますし、現状どれくらい腐敗しているのかとかほとんど知りませんが。

また、バブル的なお金のあやうさ、危なさも認識させられます。そういうお金には必ずウラ社会が接近してきますし、そうすると生死をかけざるをえないような状況にもなりえます。使いきれないようなお金のために自分の生死もかけるというのは自分の感覚ではよく理解できませんが、お金や権力という道具を価値観の柱(人生の目的)にはしない方がよいとあらためて思えてきます。

2007年10月20日土曜日

規制か/とイノベーションによるインターネット時代の著作権

CNET:メディアおよび技術大手、ネット著作権問題でガイドライン--グーグルは不参加

大手メディアを中心に、インターネット著作権に関するガイドラインを発表した(?)ようです。

参加企業は、CBS、Fox Entertainment Group(News Corp.傘下)、NBC Universal、Viacom、Disney、Microsoft、MySpace(News Corp.傘下)、Dailymotion(ビデオ共有サイト)、Veoh Networks(ビデオ共有サイト)。

Googleは、「「業界全体にわたる権限」を作ることでイノベーションが抑制されることを懸念し」、途中で抜けたそうです。
裏には、Viacomとの訴訟問題があるとの見方もあるようです。

Google寄りの記事としては、

TechCrunch:業界の著作権保護連合結成の動機はアンチGoogle

規制によって問題解決していくのか、技術革新によるイノベーションによって問題解決していくのか、という対立構図と捉えることもできます。

Google(YouTube)の著作権識別技術が現時点ではブレイクスルーできるほどのものではなさそうなため、今後この問題に関してはいろいろありそうです。

というよりも、規制を絡めたイノベーションにしていかないと、インターネット時代の著作権の問題の絡まり具合はほどけていかなさそうです。

2007年10月16日火曜日

YouTubeの著作権識別機能開始:私的著作権登録管理の仕組みに近い?

CNET:グーグル、YouTube不法コピー防止ツールを発表

GoogleというかYouTubeで、テスト中だった著作権違反動画発見用コンテンツ識別技術を公開したようです。
著作権所有者は、自身の保護対象コンテンツがYouTubeにアップロードされるときに、アップロードを拒否するかもしくは広告を付けた上で許可するか等を選択できるようです(広告収入は著作権者)。

ただし、この仕組みを利用するためには、あらかじめ識別対象として保護したい著作物(の完全版)をYouTubeに預けておかなければいけないようです。
これは非常に大きなハードルですね。ほんとうに保護したい全著作物がGoogleに提供されるのでしょうか?

また、この仕組みは、けっきょくYouTube内に著作権管理DBを持ち、著作権管理は登録制とすると言っていることとほとんど同じとなってしまいます。
そうすると著作権に関する国際条約であるベルヌ条約からは外れる方式に事実上移行してしまうことになりますね。

もしこれがうまくいくのだとすれば、相変わらず思うのは、日本で政府配下に委員会を作って著作権を議論している間に、アメリカでは一企業がどんどん先に進めてしまうそのスピード感です。自由市場主義ならではのものだと思いますが、他方であやうさも感じてしまいます。Googleが信用できるうちはいいと思うのですが。

2007年10月13日土曜日

統制と自由

日本国の原則—自由と民主主義を問い直す
原田泰
日本経済新聞出版社

著者によれば、明治以来、自由が尊重されている時期に日本は発展しかつ平和な時代を迎えており、政府による統制が強まる(自由が束縛される)時期に衰退し戦争などへ突入していっているとのことです。

いろいろ歴史的論拠も示されていますが、自分にはそれがまっとうなものかどうかは判断できません。が、感覚としては、自由こそが社会や文化の繁栄をもたらし、統制は社会の停滞をもたらすという著者の主張は正しいように思えます。

ここで語られている「自由」はもちろん、自由放任ということではなくて、私的所有権がきちんと認められた上での自由市場であり、権力(人の自由を奪いうるもの)に対する個人の言論の自由です。

第二次世界大戦前夜、日本はけっして窮屈で貧しい国だったわけではなく、自由で豊かだったと言います。国民(やメディア)は、さらなる経済的発展を求めて戦争を支持します。満州国の建国には、日産コンツェルンの鮎川義介等による国際的自由主義経済圏の設立構想もあったと言います。

ところが、当時の軍部は、長期間戦争がない状態で、かたや経済謳歌している事業家を尻目に鬱憤がたまっていたそうです。軍人は戦功をあげると昇進し、最終的には華族にまでなれます。ところが戦争がないと昇進も望めず、経済的名誉的欲求を満たせません。
同級生が資本家としてサラリーマンとして経済的に満たされている一方で、軍人を選んだ自分は先の見えない軍隊生活に甘んじているという屈折した状態だったのかもしれません。

したがって、日中戦争開戦時は、軍部と国民の意図は合致していたが、さらなる経済的発展を求める民間企業に対して、軍部ははなから戦争を目的にしていて、むしろ自由に基づく資本主義的発展は望んでいなかったとも言えます。

そして、軍部による政府の掌握と、戦争のための経済統制および言論統制が強められていきます。この段階で、国民から自由がとりあげられ、日本がまだ修正できたかもしれないポイントを決定的に逸脱していきます。

自由で民主主義的であれば、間違いを犯すことはあっても(戦争を始めることがあっても)、それを批判したり、戦争以外の目的の行動をとることも可能です。
引用されるヒュームやカントなどにおいても、理想的な自由かつ民主主義的国家は戦争をしないとされます。それは、戦争がけっきょくは国民の不利益(戦死等)になるため、戦争すればするほど(戦死者が増えるほど)、民主主義国家は戦争に反対していくということになるからです。

理論上(政治哲学)も、歴史的事実としても、大規模な戦争を回避するためには、自由と民主主義が非常に重要だと言えます。

著者はまた、日本の軍国主義と共産主義の類似性も指摘しています。とくにレーニン的な共産主義では、共産党が民意の先を読める前衛党として実際の国民から意見を聞くことなく経済と言論を統制していきます。前衛党である共産党と違う意見の国民は、まだ共産党的レベルに達していないためだとして粛正されていきます。
日本の軍部も天皇の意をもっとも直接に理解している組織として民意を聞くことなく独走し経済や言論を統制していくという点で類似性が指摘されます。

もちろん、その後の社会主義による経済言論統制体制の腐敗/崩壊、日本軍国主義の暴走は指摘するまでもありません。権力による統制は、一見、公平の実現、効率的なリソース配分、規律の維持、等が一元的に効果的に実現できそうですが、実際には腐敗と非効率、その先の暴走が待っているのが現実と言えるでしょう。

著者の主張としては、日本は江戸時代から自由と民主主義を受け入れることのできる文化的背景があって、明治期に導入した際にはその意味を深いレベルで理解し、例外的な時期はあるものの自由と民主主義を実現してきたのだから、近代日本の原則としての自由と民主主義をきちんと理解すべきだというものでしょう。

マドンナも

池田信夫blog:マドンナはレコード業界を捨てるのか

RadioheadやNine Inch Nailsだけでなく、OasisやJamiroquoi、さらにはマドンナも、中抜きしようとしているようですね。

2007年10月11日木曜日

Nine Inch Nailsも

TechCrunch:「Nine Inch Nails」、音楽産業の棺おけに釘を打つ

先日、Radioheadが音楽レーベルを介さずにインターネットを使って音楽販売するという話がありましたが(「レディオヘッドが音楽レーベルなしの楽曲ダウンロード」)、Nine Inch Nailsも同様の中抜き音楽配信を実施しようとしているようです。

DRMを課して喜んでいるのは音楽仲介業者(とそれに惑わされているアーティスト)だけなので、今後こうした音楽配信モデルが一般化してくる可能性もあると思っています。

その場合、どの音楽家にどのようにいくら対価を払うのかというお金の流れがどうなるのか、その流れ方がどのようにして決まっていくのか、ということが非常に興味深いです。

2007年10月10日水曜日

音楽ダウンロードサービスの内省

TechCrunch:YahooのIan Rogers、音楽産業に苦言— 「不便の押し付けはいいかげんにしろ」

DRMに基づく音楽ダウンロードサービスを提供してきた身内からの、今までの音楽サービスへの批判とこれからへの期待が赤裸々に語られています。
今まではユーザ不在で来た、これからユーザに満足されるサービスを提供すべきでそれにはお金も支払われる、と。

2007年10月8日月曜日

大手ニュースサイトがソーシャルニュースサイトを買収

メディア パブ:米ビッグ3のニュースサイトMSNBC,ソーシャルサイトNewsvineを買収

大手ニュースサイトが、ユーザの投稿(投票)やコメントによって作られるソーシャルニュースサイトの1つを買収するようです。

この動きが他にも飛び火するようだと、大きな変化になっていくのではないでしょうか。

いわゆるジャーナリスト(記者)による記事というのはやっぱり価値のあるものです。その価値は、きちんとしたジャーナリズムの手法にのっとり客観性があるためだけでなく、他のメディアや意見に流されることなく孤高の記事を表現できることにもあります(原則的には)。

他方で、そうした記事の中立性を守ることの引き換えに、市民の意見等のフィードバックを直接受けたり双方向的に読者とコミュニケートしたりすることが難しいということもあります。

ソーシャルニュースサイトはそうした部分を補うのに適していると言えます。

なにより、"紙"や"放送"による情報配信の独占に基づくマス広告の利益を守れなくなってきている現状の中、なるべくアクセス数を増やす=アテンションを高めるためにそうしたアクセス数の多いソーシャルニュースサイトが活用できるという現実的判断があったのではないかと思います。

マスメディア媒体の独占とその中でのコンテンツ競争による利益から、より開かれたネット媒体の中でのコンテンツ競争による利益を考えていかなくてはいけなくなってきているのでしょう。
そのときに、プロのジャーナリストによるニュースサイトと、市民によるソーシャルニュースサイトの連携は相乗効果を生むよい協業に思えます。

2007年10月7日日曜日

違法ダウンロード問題にたいして2500万円の罰金

数年前からアメリカでは、RIAA(全米レコード協会)が、P2Pで音楽を違法ダウンロードした人を大量に訴えてきています(2万6千人)。音楽の違法 P2Pダウンロード問題に関して、P2Pソフトの開発者を有罪とした日本と違って、アメリカでは曲をダウンロードしたユーザを訴えてきています。

多くの人が示談金を払って裁判にはしていない中、RIAAと示談せず裁判で争っていた人に対して裁判所は2500万円の罰金を判決したそうです。すごい額です。

見せしめ罰則としてどこまで効果的となるでしょうか。

この判決により、あるアカウントを使って大量の違法行為を行ったときに、そのアカウントの利用者だという証拠があればそのアカウントの利用者が責任を負わなければいけないということの判例ができたことになります。

が、さっそく、この判決に批判的なTechCrunchなどでは、今後はアカウントを特定せずにダウンロードされるようになるだけだと皮肉っています。

CNET:RIAA、ファイル共有訴訟で個人に勝訴--被告に22万ドルの罰金支払い命令


TechCrunch:裁判で勝ったからといって音楽産業を救う役には立たない

2007年10月5日金曜日

インド洋沖給油活動の課題

「海自給油新法」が越年となった場合の危機
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/y/79/

のように、テロ特措法廃止は日本の国際貢献の評判を下げるものだという話が多いですが。

先週末、朝まで生テレビを見たところ、メリット/デメリットを考えることができる意見がいろいろ出ていたのでメモしておきます。まとまっていませんが。

■割のよい国際活動

* インド洋沖給油活動は、自衛隊員の命の危険をさらすことなく国際貢献できる非常に"割のよい"国際活動である


■撤退する場合

* 国際社会から非難される、もしくは評価が下がるという意見もあるが、、、
* インド洋沖給油活動は当初数十カ国で始まったがどんどん参加国が減っていき今は数カ国となっている
* 日本の給油活動は日本でしかできないような活動ではない(高度な技術力などは使用していない)
* したがって、今日本が撤退しても給油活動自体にはそれほど大きな影響はないし非難されることもないという話もある


■国連と国際貢献

* インド洋沖給油活動は、もともと国連決議を経ていない活動である。先日の国連決議でもロシアが棄権するなど本来の意味での国連活動とは言えない
* とはいうものの、実際問題そもそも国連で解決できている国際問題は少なく、国連内に腐敗も横行している。そのためピュアに国連原理主義でいることがどれだけ国際的正義を実現しているかは疑問
* 国連原理主義の立場を取るのであれば、インド洋から撤退する代わりに国連決議によるアフがニンスタン内陸部の活動に自衛隊を派遣する必要が出てくる。この作戦は非常に危険を伴うものであり、ドイツ等各国も撤退したがっているということもある
* 小沢民主党が国連主義を貫きアフガン内陸に自衛隊を派遣すれば、自衛隊員の客死も出る可能性が高まり国内世論の反発は強まると予想される


■活動の疑惑と日本政府のインテリジェンス

* インド洋沖給油活動での石油はイラク作戦に使われていた可能性がきわめて高い
* もっと問題なのは、日本の外務省はじめ政府が、その事実をいっさい把握できておらず、日本の軍事活動、国際活動に対して説明責任を果たせていない。NPOの調査による実態と日本政府が把握しているものに大きな差がある



国際社会から非難うんぬんというより、自国政府が把握できていないような軍事活動(兵站とはいえ)を軍隊に実行させていてよいのか、シビリアンコントロール(文民統制)から外れるのではないか、ということの方が問題かもしれません。
他方で、国連原理主義は原理としてはわかりやすくてよいのですが、実際により危険な国連活動で自衛隊員に死者が出ると日本の政府はもつのか、そこまで日本国民に国連主義のコンセンサスがあるのかという問題もあると思います。

いずれにせよ、自衛隊という事実上の軍隊に対して、きちんとした活動のポリシーの確立とそのコントロールができることが、何にも増して重要な課題のように思えます。

2007年10月2日火曜日

レディオヘッドが音楽レーベルなしの楽曲ダウンロード

CNET:レディオヘッド、最新アルバムをネット限定で販売--価格はファンが決定

レディオヘッドが、音楽レーベルの協力なしで、自曲のダウンロード販売を行うようです。しかも、値段は好きに設定していいとか。
LPやCDが80ドルくらいで売られるそうなので、そこが一つの基準価格となるでしょうか。

中抜きモデルがどこまでビジネスとして成り立つのか興味深いですね。
音楽レーベルと一緒に築き上げたレディオヘッドという知名度も重要なポイントのように思いますが。

大手新聞社のオンライン戦略の不満点

昨日(というか数時間前)、「大手新聞社のオンライン戦略」を書いたら、さっそくそれぞれのサイトについて、池田信夫blogでコメント(批判)がついていました。

池田信夫blog:新聞社サイトの囲い込み競争

それぞれGoogleニュースへのリンクを停止し、かつ過去記事は一定期間しか参照できないようです。

2007年10月1日月曜日

大手新聞社のオンライン戦略

最近、大手新聞社のネット上での動きが活況です。

まず、アメリカでは、大手新聞社のNewYork Timesが、一部有料サービスとしていたコラム記事や過去記事も無料化にしたようです。

メディアパブ:NYTのアーカイブ開放,新聞社サイトが新局面に

それ以外の有料新聞サービスも、NewsCorpのマードックが買収したことなどにより無料化される可能性があるという話も出てきています。

メディアパブ:新聞社サイトの有料サービス,最後の砦も崩れそう


日本では、先週産經新聞がMSNと協力してニュースサイト「MSN産経ニュース」の開設を発表しました。
このサイトが画期的なのは、ウェブファーストをうたっていることです。つまり、新聞記事になる前にウェブで記事を発表するという、ウェブ中心の記事配信方針を出しているところです。

ITMedia:21世紀にふさわしい瓦版の先駆けとなるか——「MSN産経ニュース」開設

ITMedia:スクープも紙より先にWeb掲載 「MSN産経」の本気度

産經新聞は、子会社を作って「iza!」というブログやトラックバックと連携したニュースサイトを運営するなど、日本ではこの分野を先導してきているとも言えます。

これに対して、MSNと手を切った毎日新聞は、独自に「毎日jp」を開設し、オールアバウトと協業しながらブログやソーシャルブックマークと連携していくようです。

ITMedia:ブロガーの力も借りる「毎日jp」

こうした連日の大手新聞社の動きに反応するかのように、それ以外の大手新聞社である朝日、日経、読売が提携してのニュースを発表しました。

ITMedia:朝日・日経・読売が提携 「ネット活用で紙の新聞を維持」

しかし、これを見る限り、サービス内容は差別化されておらず、具体的コンテンツも見えてこず、"紙"の方を重視しているなど、従来通りの新聞社の既成概念を陳列しているだけのようで、インパクトと魅力に著しく欠けます。他がいろいろやりだしているので遅れた3社が慌てて発表したという印象を受けてしまいます。

今回の三者提携の発表の中では、サイト開設の話よりも、「地域販売店の統合」の方がより大きいのではないでしょうか。

 
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